2009年 04月 30日
前田常徳展にて |
とにもかくにも2・3月は、「アートをつくる」のドキュメント編集作業で多くのことが保留状態となっていたが、4月になり授業もようやく軌道に乗ったこともあり、時間を遡って文章を書いている。そこで、是非ブログに載せたい、載せない訳にはいかない展覧会を1つ紹介させてもらうことにしよう。
以前から魅力を感じていた作家の一人に前田常徳さんがいる。彼の作品との出会いは紀伊国屋画廊での個展である。10年ほど前は張りつめた空間にクジラや静かな女性像が描かれていた。その時から張りつめた弦に共鳴するかのように惹かれていたが、今回また紀伊国屋画廊で開催された個展で作品を見、会話をすることで、作品というものに対する向き合い方に、いっそう共鳴の度合いを増した。展覧会のリーフレットに記載された本人による3行の文章は、私の考えるところとも重なった。
彼も文化庁の海外派遣でドイツに長期滞在していて、明らかにその後作品は大きな変化を遂げた。
私が感じるに、作品表面上の美しさを求める箇所(描かれた結果としての作品のマチエルや制作に取り組む姿勢そのものも含めて)が潔く削がれ、作者がその作品を通して伝えたいことを明確に伝えることに集中されている。作品からは明らかに色相数は減った。画面という平面において虚飾を捨て無駄なく発せられるメッセージは、いっそう正確で強いものとなって心の深淵に響いてくる。絵画というスタイルがその能力を発揮するところは、やはり明確な伝達力と言えるのだろう。

前田常徳氏とともに
以前から魅力を感じていた作家の一人に前田常徳さんがいる。彼の作品との出会いは紀伊国屋画廊での個展である。10年ほど前は張りつめた空間にクジラや静かな女性像が描かれていた。その時から張りつめた弦に共鳴するかのように惹かれていたが、今回また紀伊国屋画廊で開催された個展で作品を見、会話をすることで、作品というものに対する向き合い方に、いっそう共鳴の度合いを増した。展覧会のリーフレットに記載された本人による3行の文章は、私の考えるところとも重なった。
彼も文化庁の海外派遣でドイツに長期滞在していて、明らかにその後作品は大きな変化を遂げた。
私が感じるに、作品表面上の美しさを求める箇所(描かれた結果としての作品のマチエルや制作に取り組む姿勢そのものも含めて)が潔く削がれ、作者がその作品を通して伝えたいことを明確に伝えることに集中されている。作品からは明らかに色相数は減った。画面という平面において虚飾を捨て無駄なく発せられるメッセージは、いっそう正確で強いものとなって心の深淵に響いてくる。絵画というスタイルがその能力を発揮するところは、やはり明確な伝達力と言えるのだろう。

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by osamk37
| 2009-04-30 22:58